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読み解き 特集 2026年8月29日(土) 6:00

水素の行き先に、導管はなかった

価格差支援の認定6件。用途は工場の炉と発電所で、導管は出てこない

約11分 ガスみらい通信 編集

水素は、いずれ都市ガスに混ざって導管を流れてくる。そういう絵を一度置いて、実際の書類を開いてみます。水素社会推進法にもとづく計画認定のうち、価格差に着目した支援は6件まで進みました。その6件が、どこで作られ、誰に渡り、何に使われるのか。一件ずつ用途をたどると、絵とは違う配置が出てきます。

行き先は、工場の炉と、発電所でした。この特集では、認定された案件の中身から、水素が誰に配られはじめているのかを読みます。

背景 — なぜ今、これを掘るのか

水素社会推進法——正式には「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」——は、需給両面の計画認定制度を作り、認定を受けた事業者に支援措置と規制の特例措置を用意した法律です。支援の柱は二つ。「価格差に着目した支援」と「拠点整備支援」です。

法律の言う「水素等」は、水素だけを指しません。水素及びその化合物であって経済産業省令で定めるもの——アンモニア、合成メタン、合成燃料が想定されています。

出典:経済産業省 産業保安・安全グループ「水素等供給等促進法(水素社会推進法)の運用状況等について」(2026年6月30日・資料2)

同じ資料が、公募の結果を数字で書いています。価格差に着目した支援の公募には、2025年3月31日の締切までに計27件の計画申請があり、条件が整った案件から順次認定して、2026年3月までに6件が認定済み。拠点整備支援のほうは、2025年6月30日の締切までに計12件の申請があり、2026年3月27日付で2件が認定されました。こちらの対象は、低炭素水素等を製造又は輸入を行う地点から需要家が実際に利用する地点まで、貯蔵・輸送するにあたって必要な設備であって、民間事業者が複数の利用事業者と共同して使用するもの(共用パイプライン、共用タンク等)とされています。

出典:資源エネルギー庁 水素・アンモニア課「水素社会推進法の計画認定の進捗について」(2026年3月27日・資料6)

目標の側も置いておきます。2023年6月の水素基本戦略は、2030年に最大300万トン/年、2050年に2,000万トン/年程度という水素等導入目標に加え、新たに1,200万トン/年程度(アンモニアを含む)の目標を掲げました。コストは、水素供給コスト(CIF)で30円/Nm³(2030年)、20円/Nm³(2050年)。アンモニア供給コスト(CIF)は10円台後半/Nm³(2030年・水素換算)です。価格差に着目した支援の考え方も、この戦略に書かれています。2030年頃までに低炭素な水素・アンモニアの供給を開始する予定の事業者について、基準価格(コストを回収しつつ、適正な収益を得る価格)と参照価格(既存燃料のパリティ価格)の差額(の一部又は全部)を長期にわたり支援するスキームを検討する、と。全額を埋めると書かれているわけではありません。

出典:資源エネルギー庁「水素基本戦略の概要」(令和5年6月)

いま掘る理由は、この目標が具体に変わったからです。300万トンという総量は、誰にも姿が見えません。認定案件は違う。どの県の、どの工場で、年間何トンを、何の工程に使うかまで書かれています。以下、三つの論点で読みます。

論点① 6件は、どこへ向かったのか

認定済みの6件を、資料の記述どおりに並べます。

豊田通商ほかのグリーン水素案件は、陸上風力発電による電気を活用し、愛知製鋼の知多工場でトヨタ・千代田化工製の水電解装置により水素を製造(年間約1,600トン)。愛知製鋼の特殊鋼加工工程の加熱炉で利用し、電炉業界初となるグリーン鋼を製造する予定です。

レゾナックほかの水素・アンモニア案件は、廃プラスチック等をガス化し、水素を原料に低炭素アンモニアを製造(年間約20,000トン)。繊維原料となるアンモニア誘導品(アクリロニトリル)を製造・販売します。

JERAほかと三井物産ほかのアンモニア案件は、米国ルイジアナ州での生産(約77万トン/年)を、愛知県碧南など(JERA)と北海道苫小牧など(三井物産)へ運ぶもの。主な利用事業者として、JERA、豊田自動織機、北海道電力、UBE三菱セメント、東ソーが挙がっています。日本最大級の石炭火力発電所である碧南火力などのクリーン化に貢献し、IHIの混焼ボイラーが商用利用されると書かれています。

残る2件は、2026年3月27日付で認定された水電解の案件です。やまなしハイドロジェンカンパニー(YHC)とサントリーの製造SPCが、サントリー天然水 南アルプス白州工場の隣接地で製造する年間約1,607トン。用途は、主に同工場で製造する天然水の殺菌工程における熱源です。もう一つは、YHCとヒメジ理化の製造SPCが、ヒメジ理化田村工場および福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)で製造する年間約1,177トン。主にヒメジ理化が製造する石英ガラスの加工工程の熱源に使われます(いずれも前掲・2026年3月の資料6、および前掲・2026年6月の資料2)。

六つを並べると、共通点が浮かびます。渡された先は、すでに高い温度を扱っている場所か、大きな燃焼設備を持っている場所です。特殊鋼の加熱炉、石英ガラスの加工、飲料の殺菌、化学品の原料、石炭火力のボイラー。家庭の給湯器も、業務用の厨房も、都市ガスの導管への注入も、この6件には出てきません。

需要構造の解説章で見たとおり、都市ガスの需要は家庭・業務・工業用に分かれ、工業用のなかでも温度帯によって置き換えやすさが大きく違います。認定案件が拾っているのは、その置き換えやすさの高いところ——電気や特殊な熱ですでに設備投資が動く領域から、ということになります。

論点② 量を作っているのは、アンモニアのほうだ

数字の桁を見ておきます。国内の水電解でできる水素は、認定案件で年間約1,600トン、約1,607トン、約1,177トン。一方、米国ルイジアナ州のアンモニアは約77万トン/年です。物質も単位も違うので直接は比べられませんが、供給網として先に立ち上がる規模がどちらにあるかは、この並びだけで読めます。

理由は、作る側と受け手の顔ぶれに出ています。認定資料は、このアンモニア案件の供給事業者を、米国の肥料メジャーであるCF Industriesが40%、JERAが35%、三井物産が25%と書いています。受け手の側では、IHIの混焼ボイラーが商用利用される。つまり作るのも燃やすのも、すでに動いている設備と会社の延長線上にあります。対して国内の水電解は、再生可能エネルギーの電気と装置を新しく積み上げるところから始まる。同じ「低炭素水素等」という言葉の下で、すでにあるものに載せる道と、これから建てる道が、違う速度で進んでいます

拠点整備支援も同じ構図です。認定された2件は、いずれもアンモニアの拠点でした。基本戦略が描いた絵は、今後10年間で、産業における大規模需要が存在する大都市圏を中心に大規模拠点を3か所程度、産業特性を活かした相当規模の需要集積が見込まれる地域ごとに中規模拠点を5か所程度、というものです(前掲・水素基本戦略の概要)。予算の側では、GX経済移行債を活用し、令和7年度当初予算でFEED事業として57億円、令和8年度から令和12年度の5年間で総額2,196億円が計上されています(前掲・2026年3月の資料6)。

水素とカーボンニュートラルの解説章で整理したとおり、水素は体積あたりのエネルギーが小さく、輸送・貯蔵に手間のかかるエネルギーです。運ばずに済む場所——製造地の隣、あるいは既存の輸入基地の隣——から順に埋まっていくのは、その性質からすれば自然な順番でもあります。認定案件の地理は、おおむねその並びになっています。

論点③ 決まっているのは、量ではなく年数のほうだ

もう一つ、資料に書かれている条件が効いてきます。価格差に着目した支援と拠点整備支援の認定案件は、2030年度までに低炭素水素等の供給を開始し、15年間の支援期間に加え、支援終了後も10年間にわたり事業が継続されるなど、長期の事業管理を必要とする計画とされています。だからこそ、経済産業省とJOGMECが継続的にモニタリングし、審議会に定期的に報告する体制を作る、と(前掲・2026年3月の資料6)。

ここが、都市ガスの側からいちばん見ておくべき箇所だと思います。制度が固定しているのは、供給量よりも先に、時間です。2030年度に始めて15年、その後10年。認定を受けた利用事業者は、自分の工場の熱源について、四半世紀に近い期間の見通しを国と共有した状態になります。

熱源の選択は、本来なら燃料価格を見ながら数年ごとに揺れるものです。それが、支援と引き換えに長く固定される。契約が切れる年に価格で戻ってくる、という取り戻し方が効きにくくなるということでもあります。

しかも、認定の書類には利用事業者の名前が載っています。愛知製鋼、サントリー、ヒメジ理化、豊田自動織機、UBE三菱セメント、東ソー。どの会社のどの工程が、どちらの燃料の側に立つのか。それが公表物として、一件ずつ積み上がっていきます

反対から見ると

ここまでの読みには、いくつも留保が要ります。

第一に、6件は先行案件であって全体像ではありません。価格差支援だけで27件の申請があり、順次認定と書かれている以上、まだ審査の途中にある案件が多数あります。今の6件の傾向を「水素政策の結論」と読むのは早い。

第二に、法律の言う「水素等」には合成メタンが含まれています。都市ガスの脱炭素は、この枠組みの外にあるのではなく、水素そのものとは別のルートで同じ制度の中に入っている。導管に水素が来ないことと、導管の脱炭素が進まないことは、まったく別の話です(この点はメタネーションの解説章を併せて読むのが早い)。

第三に、認定案件の用途は、もともと都市ガスが強く握っていた領域ばかりとは言えません。特殊鋼の加熱炉、石英ガラス、石炭火力。ガス需要が直ちに奪われる、という単純な図ではない。むしろ「都市ガスが供給していない熱」から水素が入りはじめている、と読むほうが実態に近いはずです。

第四に、規模が小さいことを弱さと読むのも一面的です。価格差支援は、差額を埋めながら自立を目指す制度です。千トン台という数字は、産業競争力に効く技術——たとえば認定資料が触れている国産の電解質膜や水電解装置——を、実際の生産ラインで動かしてみるための規模、という見方もできます。

経営への問い

そのうえで、自社に引き寄せて一つだけ問います。

大口需要家の一覧を開いて、認定6件と同じ顔つきの需要が何件あるか、数えられるでしょうか。 高温の加熱炉を持っている先、大型のボイラーを持っている先、燃料ではなく原料としてガスを使っている先。その何件が、2030年度までに供給を開始する案件の「利用事業者」の欄に載る可能性があるのか。

名簿は、審議会の資料として公表されています。相手が動いてから知るのと、公表資料の段階で見ておくのとでは、こちらが打てる手の数が変わります。数えるのは、今日でもできる作業です。

まとめ

  • 水素社会推進法の価格差支援は27件の申請から6件が認定済み。用途は特殊鋼の加熱炉、化学原料、飲料の殺菌、石英ガラスの加工、石炭火力の混焼で、都市ガス導管への注入は出てこない。
  • 量として先に立ち上がるのはアンモニア(米国ルイジアナ州で約77万トン/年)で、国内の水電解によるグリーン水素は年間千トン台。既存設備に載る道と、これから建てる道の速度差が出ている。
  • 制度が先に固定しているのは供給量ではなく年数——2030年度までに供給開始、支援15年、終了後10年の継続。需要家の熱源選択が、長期にわたって動きにくくなる。
  • 都市ガスの脱炭素は同じ法律の中に合成メタンとして位置づけられており、導管に水素が来ないことは、導管の脱炭素が止まることを意味しない。