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読み解き 特集 2026年8月1日(土) 6:00

人が減っても、点検は減らない

2040年の保安人材と、スマート保安が届かない事業者の話

約11分 ガスみらい通信 編集

ガスの需要はこの先細っていく。その前提で語られる話が増えました。ならば保安の仕事も、需要に合わせて軽くなっていくはずだ——そう考えたくなります。ところが国が今年3月にまとめた将来見通しは、逆のことを言っています。需要が減っても導管も機器もそこにあり続けるから、保安の仕事量は今と変わらない、と。今回の特集は、この「減らない仕事」を「減っていく人」でどう回すのかという構造を掘ります。技術継承の話が、なぜベテランの側からではなく若手の側から崩れているのかも含めて。

背景 — なぜ今、これを掘るのか

経済産業省の産業保安・安全グループ ガス安全室は2026年3月9日、産業構造審議会のガス安全小委員会に「都市ガスの保安に係る現状と課題について」という資料を示しました。都市ガス分野で産業保安業務に従事する人材について、2040年時点の需給見通しを整理したものです。

需要の側は、こう書かれています。ガス需要が減少する場合でも、導管や消費機器などの設備対応のため、AI・ロボット等による労働代替を考慮しなければ、現在と同程度の需要が見込まれる。

供給の側は、こうです。現在の若年層の比率が高い従業員構成から一定数の人材確保が期待されるものの、新卒採用の計画未達や自己都合離職者の傾向が継続する場合には、需要を下回る事態も見込まれる。特に、中小規模のガス事業者における産業保安人材や、建設業を中心とした協力企業の工事施工力の確保に懸念がある、と。

出典:経済産業省 産業保安・安全グループ ガス安全室「都市ガスの保安に係る現状と課題について」(産業構造審議会 保安・消費生活用製品安全分科会 ガス安全小委員会 資料6、2026年3月9日)

売る量が減っても、埋まっている管は減りません。契約が細っても、点検すべき機器は家の中に残ります。需要と保安が別々の曲線を描く——これがこの分野の厄介なところです。

そしてこの構造は、事業者の顔ぶれとも噛み合っています。都市ガス事業者(一般ガス導管事業者)は全国に約200、その供給エリアの合計は国土面積の約6%にとどまります(出典:日本ガス協会「都市ガス事業について」)。狭い面積に、多数の、規模の異なる事業者が並んでいる。同じ「減らない仕事」を、体力の違う200者が別々に抱えている、ということでもあります。

以下、三つの論点で掘っていきます。

論点① 崩れているのは出口ではなく、入口と若手の側だ

技術継承の議論は、たいてい「ベテランが大量に退職する」という絵で語られてきました。ところが調査の数字は、少し違うところを指しています。

まず入口です。令和6年度の新卒採用について、計画した人数を採れたと答えた企業は、回答62社のうち13社、21.0%でした。規模別に見ると、従業員1,000人以下の企業では計画達成の割合が低くなります。従業員100人以下では48社中8社(16.7%)、101人〜1,000人では10社中2社(20.0%)。これに対し1,001人〜5,000人では4社中3社(75.0%)です。

次に出口です。産業保安人材(正規社員)の自己都合退職者について、最も多かった年代を聞いた設問では、「29歳以下」が31.4%で最多、次いで30代が27.5%でした(n=51)。60代以上は0.0%です。そして若手の離職が多い企業に理由を聞くと、「報酬面への不満」と「ワークライフバランスに関する問題」が最も多い回答でした。

同じ資料は、いずれも「令和7年度エネルギー需給の安定化等に向けた産業保安実態調査」を出典としています。

この二つを並べると、絵が変わります。人が抜けていくのは、定年という予定された出口からだけではない。採れないという入口の細りと、若いうちに辞めていくという別の出口が、同時に効いている。ベテランが退職する前に、受け取る側がいなくなっている構図です。

だとすれば、技術継承の設計もずれます。ベテランの暗黙知をデジタル化して残す、という発想は正しい。けれど残した先に受け取る人がいなければ、記録装置を増やしているだけになります。国がこの資料で示した中長期の取組例に、「職務・技能に応じた報酬の確保や広報等による都市ガス分野の職の魅力向上のための取組の検討」が並んでいるのは、そういうことでしょう。保安人材の話は、制度や技術の前に、まず労務条件の話でもある。保安人材とDXの解説章で整理した論点が、数字の形で戻ってきた格好です。

論点② スマート保安は「入口の技術」で止まっている

人が足りないなら技術で補う。それがスマート保安の建て付けです。では、どこまで入っているのか。

同じ調査で、省力化等を目的としたデジタル技術の導入・活用状況を見ると、上位は書類の電子化・ペーパーレス化が73.8%、IoTセンサーやカメラ等による遠隔監視・常時監視が53.4%。ここまでは広がっています。一方で、AIによる異常予兆検知・故障予測は6.8%、デジタルツインの活用は1.9%にとどまります(全体n=103)。導入が進んでいるのは記録と監視、つまり「見る・残す」ところまでで、「判断する」ところにはまだ届いていない。

規模で割ると、差はさらにはっきりします。従業員1,000人超(n=5)ではAIによる異常予兆検知が40.0%、デジタルツインが20.0%。従業員1,000人以下(n=98)では、それぞれ5.1%、1.0%です。「特に導入・活用しているものはない」と答えた割合も、1,000人超が0.0%に対し、1,000人以下は14.3%でした。

興味深いのは、導入の壁が規模によって違うことです。資料は、大企業では課題として「費用対効果の不透明性」に次いで「技術を扱える人材がいない」を挙げる声が多い、と整理しています。中小企業では、同じく費用対効果の不透明性に次いで、デジタル技術投資のための「資金余裕不足」を挙げる声が多い。大きい会社は買えるが動かす人がいない。小さい会社はそもそも買えない。同じ「DXが進まない」でも、詰まっている場所が違います。

投資そのものへの不足感も出ています。産業保安業務の技術革新に向けた設備投資について、「やや不足している」41.7%と「大幅に不足している」24.3%を合わせ、66.0%の企業が不足感を感じている(n=104)という結果です。

ここに、人手不足を巡る循環があります。人が足りないから技術で補いたい。しかし技術を入れるには資金と、それを扱える人が要る。その両方が足りないから入らない。人手不足の解として提示されたものが、人手不足によって詰まる。特に体力の小さい事業者ほど、この輪から出にくい。

論点③ 「認定」という出口は、まだ一社しか通っていない

制度の側にも、この問題への答えは用意されています。認定高度保安実施事業者制度です。

令和5年(2023年)12月21日に高圧ガス保安法等の一部を改正する法律が施行され、この制度が始まりました。自立的に高度な保安を確保できる事業者——①経営トップのコミットメント、②高度なリスク管理体制、③サイバーセキュリティ対策、④テクノロジーの活用、という4要件を満たす事業者を経済産業大臣が認定する仕組みです。認定を受けたガス事業者は、工事計画の事後届出、使用前自主検査の省略、自主検査時期の柔軟化、保安規程や主任技術者の選任に関する届出の省略といった行政手続の簡略化を受けられます。

そして、経済産業省が公表している認定事業者一覧に載っているのは、現在1社のみです(一般ガス導管事業者として東京ガスネットワーク、2026年2月20日認定/ページ最終更新2026年6月12日時点)。制度の施行から2年半あまりが経っています。

出典:経済産業省「認定高度保安実施事業者制度について」

門の高さは、費用にも表れています。新規申請の手数料は書面申請で1,282,000円(電子申請1,281,000円)、これに登録免許税90,000円が加わります。更新申請は審査会がない場合で474,000円(電子473,000円)。しかも認定はガス事業の種別ごと(製造・一般ガス導管・特定ガス導管・小売)に行われ、申請の前に事前相談が必須とされています。

ただし、本当のハードルは金額ではないはずです。4要件は、設備を入れれば満たせるものではありません。経営トップが保安に関与していること、リスクを体系的に管理していること、サイバー面の備えがあること、そしてテクノロジーを実際に使いこなしていること——それらを文書で説明し、審査に耐える形に整える。この作業そのものが、人と時間を食います。人が足りない事業者ほど、人が足りないことを解決する制度に手が届かない。ここでも同じ輪が回っています。

もうひとつ、見落としやすい点があります。同じ調査で、デジタル技術と人の役割分担の希望を業務領域別に聞いたところ、計器類の読み取り・記録や定型的な書類作成はデジタルの役割とする一方、保安や安全確保が重視される非定型で判断が求められる業務については、人の手を介した実施を志向する傾向が示されています。定型業務が機械に移るほど、人に残るのは判断の濃い仕事になる。つまり省人化が進んだ現場ほど、一人ひとりに求められる判断の質は上がります。認定制度が求める「自立的に高度な保安を確保する」という状態と、方向は同じです。保安のしくみの解説章で見たとおり、この分野の規制は自主保安を土台に組まれてきました。スマート保安は、その自主保安の中身を軽くするのではなく、濃くする方向に働く可能性があります。

反対から見ると

ここまでを、体力差が保安の差になっていく話として描いてきました。単純化を避けるために、反対側からも見ておきます。

第一に、認定が1社であることを制度の失敗と読むのは早計です。得られるのは行政手続の簡略化と検査時期の柔軟化であって、認定を取らなくても法定の保安水準は担保されています。費用と手間に見合わないと判断して申請しない、という選択には合理性があります。施行から日が浅いことも考えれば、この数字は「広がらなかった」ではなく「まだ始まったばかり」と読むほうが素直かもしれません。

第二に、若手の離職についても、同じ資料が別の評価を並べて置いています。産業全体の新卒採用者の3年以内離職率の平均は約8%で、他の保安業界と比べて低い水準にあり、若手の離職は課題としての重要性が低いと考えられる——そう書かれた箇所があります。論点①で引いた「29歳以下が31.4%」は、自己都合退職者がどの年代に多いかという構成比であって、離職率そのものの高さを示す数字ではありません。同じ資料の中に強調の向きが違う記述が同居していることは、押さえておく必要があります。

第三に、ここで引いた数字はいずれもアンケート調査の結果で、回答企業数は50〜100社程度です。「62社中13社」といった数字は業界全体の断面ではなく、回答した事業者の傾向にすぎません。細かい割合を業界の実像として断定するのは無理があります。

第四に、需給見通しには条件がついています。需要が現在と同程度という推計は「AI・ロボット等による労働代替を考慮しなければ」という前提の上に立つもので、国自身がその条件を明示しています。技術が想定より早く効けば、絵は変わります。

第五に、規模が小さいことは、そのまま保安が弱いことを意味しません。供給エリアが狭く現場との距離が近い事業者には、異常に早く気づける、地域の事情を把握しているといった強みがあります。事業者の顔ぶれの解説章で見たように、この業界の多様さは効率だけで測れるものではありません。規模=保安力と単純化すると、読み違えます。

第六に、答えが単独投資しかないわけでもありません。同じ資料に転載されたヒアリング(ガス事業環境整備ワーキンググループ)では、地方の小規模事業者はDX投資の余力が限られるため他業種も含めた事業者間連携や支援策の検討も必要ではないか、スマート保安技術の地方展開は技術普及と資金面支援の両面が課題ではないか、といった委員・事業者の意見が並んでいます。これらは結論ではなく検討中の論点ですが、共同化や受委託という道筋が議論の俎上にあることは確かです。

経営への問い

この特集で並べた数字は、どれも遠い未来の話ではありません。新卒が採れたかどうかは去年の話で、若手が辞めた年代も去年の集計です。2040年は、その延長線上にあるだけです。

だとすれば、問われるのは構想ではなく、名簿だと思います。10年後、自社のこの導管を、この地域の機器を、誰が見に行くのか。その「誰か」は今どこにいて、何歳で、あと何人採れば足りるのか。デジタル投資の計画書ではなく、採用と定着の実数で答えられるかどうか。

技術は買えます。制度は申請できます。けれど、その両方を動かすのは、いま職場にいて、来年もいてくれる人です。減らない仕事の前に立たせる人の名前を、いくつ書けるでしょうか。

まとめ

  • 国の2040年見通しでは、ガス需要が減っても導管や消費機器の設備対応があるため、AI・ロボット等による労働代替を考慮しなければ、都市ガス分野の産業保安人材の需要は現在と同程度。一方で供給側は、新卒採用の未達と若手の離職が続けば需要を下回る恐れがあるとされた(2026年3月9日・ガス安全小委員会資料)
  • 崩れているのは定年という出口だけではない。新卒採用の計画を達成できた企業は21.0%(62社中13社)で、従業員100人以下では16.7%。自己都合退職が最も多い年代は「29歳以下」が31.4%で最多だった
  • スマート保安は電子化73.8%・遠隔監視53.4%まで進む一方、AIによる異常予兆検知は6.8%、デジタルツインは1.9%。規模による差も大きく、設備投資には66.0%の企業が不足感を持つ
  • 認定高度保安実施事業者制度は2023年12月施行だが、認定事業者は現在1社。新規申請手数料は128.2万円+登録免許税9万円で、4要件を文書で証明する体力も要る。人が足りない事業者ほど、その解決策に手が届きにくい
  • ただし同じ資料には「新卒採用者の3年以内離職率は約8%で他の保安業界より低い水準」という評価も併記されている。認定を取らない合理性もあり、調査の母数は小さく、規模の小ささが保安の弱さを意味するわけでもない。共同化・連携という別の道筋も議論されている

※ 筆者は都市ガス事業者に勤務しています。本記事は公表情報のみに基づく個人の見解です。