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歴史シリーズ 1/1 第4章

都市ガス150年史

灯りから熱へ、そして脱炭素へ

読了目安 約6分|更新 2026.07.05

都市ガスの歴史は、日本の近代化の歴史とほぼ重なります。150年の歩みを「4つの転換点」で読むと、いまのニュース——脱炭素も、LNG調達も、自由化競争も——がすべて歴史の延長線上にあることが見えてきます。

🔎 年号ベースの詳細は年表ページへ。この章は「物語」として流れをつかむための解説です。

転換点①:ガスは「灯り」として生まれた(1872〜)

日本の都市ガスは、1872年(明治5年)、横浜のガス灯から始まりました。文明開化の象徴として夜の街を照らしたのが最初の仕事です。1885年には東京ガスが設立され(渋沢栄一が深く関わったことでも知られます)、大阪・名古屋など大都市に事業が広がっていきます。

しかし明治後期から電灯が急速に普及すると、「灯りのガス」は主役の座を電気に譲ります。ここで都市ガスは最初の生存戦略の転換を迫られ、調理・給湯・暖房という「熱」の用途へ軸足を移しました。「照明産業」から「熱エネルギー産業」への転身——これが第一の転換点です。

教訓:都市ガスは、最初から「用途の主役交代」を経験して生き残ってきた産業だということ。この経験は、脱炭素時代の再転身を考えるうえで示唆的です。

転換点②:LNG革命──原料の大転換(1969〜)

戦後の高度成長で需要が急拡大するなか、原料は石炭系から石油系へ、そして決定打となったのが1969年、日本初のLNG輸入です。米アラスカから横浜・根岸の基地に運ばれた液化天然ガスは、日本のエネルギー史を変えました。

天然ガスはクリーンで熱量も高い。ただし移行は簡単ではありませんでした。ガスの成分が変わるということは、全国のすべてのガス機器を新しいガスに対応させるということです。各社は数十年がかりで「熱量変更」という大事業をやり遂げ、都市ガスはほぼ全国で天然ガス系(13A)に統一されました。

教訓:この産業は「原料の総入れ替え」を一度、完遂したことがある。 合成メタンへの転換構想(→メタネーションの章)は、実は「二度目の原料転換」なのです。

転換点③:自由化──競争の時代へ(1995〜2017)

安定供給の代償だった地域独占は、1990年代から段階的に解体されていきます。1995年に大口需要家向けの自由化が始まり、対象が徐々に拡大。そして2017年4月、小売全面自由化で家庭までもが「ガス会社を選べる」時代になりました。

同時期に電力も自由化され、電気とガスの垣根が溶けていきます。セット販売、相互参入、異業種の参入、そして事業者の提携・再編。競争の土俵は「同業同士」から「総合エネルギー市場」へと組み変わりました(→料金と自由化の章)。

転換点④:脱炭素──四度目の生存戦略(2020〜)

2020年、日本は2050年カーボンニュートラルを宣言。化石燃料である天然ガスを扱う業界は、正面から問いを突きつけられました。「ガスは、脱炭素の時代に生き残れるのか」。

業界の答えは「ガスという形はそのまま、中身を脱炭素化する」——合成メタン(e-methane)や水素です。折しも2022年のウクライナ危機でLNG価格が乱高高騰し、エネルギー安全保障の重みも再認識されました。脱炭素と安定供給をどう両立するか。150年史の第四の転換点は、現在進行形です。

150年を貫くパターン

歴史を並べると、この産業の行動原理が見えてきます。

  1. 用途・原料・制度の大転換を、時間をかけて完遂する(灯り→熱、石炭→LNG、独占→自由化)
  2. 導管という資産を軸に、中身を入れ替えて生き残る
  3. 転換には数十年単位の時間がかかる——だから「早く動き始めた者」が勝ってきた

いま起きている脱炭素の議論は、「四度目の大転換を、どのくらいの速度で始めるか」という話です。歴史は、この業界が転換をやり遂げられること——そして、始めるのが遅い会社から苦しくなること——の両方を教えています。

この章のまとめ

  • 1872年、灯りとして誕生 → 電灯の普及での産業へ転身(第一の転換)
  • 1969年のLNG輸入から原料の総入れ替え(熱量変更)を完遂(第二の転換)
  • 1995〜2017年、独占から自由化へ(第三の転換)
  • 2020年〜、脱炭素という四度目の転換が進行中。歴史は「転換は可能、ただし早い者勝ち」と示す

出典・参考:日本ガス協会「ガス事業の歴史」(gas.or.jp)/各社社史・沿革。年次の詳細は年表と一次情報をご確認ください。